杉木氏エネルギー論壇

ダム・水力考(2) 開発は地球全体の問題、前向きに考えたい

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地球の循環エネルギー

水力発電は太陽による気象循環を利用した永久的なクリーンエネルギーであることは周知である。しかしながら、最近、その評価はとみに低く、あまり歓迎されないようである。理由は、米国での反対運動、自然環境に与える影響、賦存量、先端的な技術でないこと、開発行為が「土建、あるいはゼネコン」という言葉に結びついたイメージの悪さ、初期投資が大きい等、いろいろ推測される。だが、よく考えてみると水力は、長期循環クリーンエネルギーであるということだけで、上述のような誤解、曲解を含めた欠点を補ってあまりがある。

最近、足立HPで途上国における水力がよく取りあげられている。内容は、国内資源として鋭意開発すべしという主張と、開発反対に大別される。賛成論は、循環する国内資源であることを主たる理由にしているが、国内資本の不足から自力開発は困難で、ほとんど外国からのIPPか援助に期待している。一方、投資余力のある先進国の民間は、当然のことながら、途上国の国内資源云々には関係なく、市場経済の論理一点張りで、もっぱら、リスクの回避と採算性が関心の的である。途上国の国内資源重視を理解できる立場にある先進国の官僚は、循環エネルギーの価値よりも、政治がらみやNGOが気になり積極的な支援に踏み込めないようである。

IRNに代表される開発反対論は、その本意がどこにあるのかよく理解できない。化石燃料の先細りや炭酸ガスによる温暖化問題を考えると、エネルギー資源を持たない国に対し、単純に安いからという理由で、燃料輸入が必要な火力を薦める意図が分からない。水力を開発しなければ、その分、原子力か火力がいることになる。原子力は高度な管理技術、火力は化石燃料か天然ガスを消費する。とくに、途上国の場合、長期に亘る負担の軽い循環エネルギーの開発に手を貸してやるべきだと思う。そのためには、当面の間、高度な管理技術が不要で、一旦、開発すれば燃料費のいらない水力がもっとも望ましい。

加えていえば、燃料費のいらない長期的にコストの安い水力開発は、単に経済発展を望む途上国だけでなく、今や、地球全体の化石燃料の節減とCO2など環境問題で、先進国にとっても重要な課題である。問題は如何にすれば初期の資本負担を軽減できるかということにある。ダムによって水没する居住者や補償関係者に対する対策に知恵を絞り、当該国の国内循環資源というより、これからは、地球全体の循環資源という視点で水力エネルギーの開発を考えたいものである。


多目的ダム

足立HP (000505ZN)に、フィリピンのサンロケ水力IPPはフィリピン側に不利との主張があったが、不利と有利を二律背反的に考えると出資側のIPPが有利になることは当然であって、もし不利ならば慈善事業ではあるまいし民間は出資する筈がない。そして,IPP側が有利であるからといって、フィリピン側が不利であると考えるのはあまりにも単純である。察するに主張者は、ダム反対が先にあって何でも結論をダム・水力反対にもっていきたいような印象を受ける。フィリピン側が事業費の一部4億ドルを拠出するのは、IPPを助成するのではなく、ダムの利水効果を期待しているからである。サンロケのようなダムは、農業用水や発電事業単独では経済的に成立しない。多目的として受益者が応分に負担することによって事業が具体化できる。それが多目的ダムの基本原則である。

受益者の便益といっても、その配分が難しいときがある。通常、発電と利水はお互いに補完し合うが、時には競合する。たとえば、10年か20年に一回発生する渇水の時である。この場合、よほどダムの運用管理がしっかりしていないと農業と発電は競合し、農業用水を使いすぎ発電不能になる。農業は、しばしば、民生問題として優先される。そうなると、電力IPP側は発電不能で売電できず収益がなくなる。このリスクを回避するためにキャパシティーコストとして、発電する能力のある限り、IPP側は一定の支払いを受けるのは一つの考え方である。

反対論は、水が無くて発電できないのに,IPPは金だけ貰うような表現をしているが、実態は上述のようなケースか、数十年、あるいは百年に一回の渇水年が出現して、所期の発電ができないときのことをことさらに強調している。これはある面で、自然の降水に依存する水力発電所の宿命であり、平均すると十分発電便益を期待できることはこれまでの経験が証明している。ダムのオペレーションを発電側がおこなうと、渇水による発電不能を回避するため、できるだけ水位を下げないようにする。できるだけ高い水位で運転する方が落差の関係で発生電力量も多くなる。ダムの運用権限を発電側、利水側どちらが持つかは考え方による。いずれにしても、これからのダム・水力開発はできるだけ多目的効果を顕在化させ、発電以外の便益を外部経済効果に終わらせないで、自然の資源を有効に利用する方策を考えることが必要と思う。


経済波及効果

足立HP(000517ZE)に原子力と新エネルギー法案のニュースがあった。自民党の議員が原子力か新エネルギーかで論争している。風力や太陽光発電の新エネルギー開発は必要ではあるが、当面、量・コストの面で現実的な手段でないのははっきりしている。新エネルギー開発は、今後も必要でその効果も小さくはない。が、現時点での経済に与える影響は規模からいって原子力には及ばない。

先日、「原子力の今を考える」(12.5.12.電気新聞)という記事で、「発電所建設の経済効果調査」と題して次のような記事があった。「東京電力の柏崎・刈羽原子力発電所が過去10年間、新潟県内で3兆円の生産増をもたらしている。このような、客観的・数量的な発電所建設の多面的な影響調査はこれまでにない試みで、今後の発電所立地を評価するための有力な材料になり得る」としている。

原子力に限らず、発電所の建設が経済活動に与える影響が大きいのはこの記事の通りであるが、そのような評価や分析は初めてではない。高度成長期に入る前、計量経済が盛んでこの種の分析はよくおこなわれた。だが当時、日本の経済発展は、全体としてそのような波及効果を考える必要がなかった程ダイナミックなものであった。しかし、北陸や東北地方など一部の地域では、大規模プロジェクトによる波及効果について、関心が高かったように思う。電源開発の経済波及効果は、公共事業や通信事業に比べて遜色がない。電源開発の中で、とくに水力は地域内の資源調達率が高い。これは、人件費率が高いためで、発展途上にある経済にとっては有効需要が大きくなることで悪くはない。同じように目的を達することができるなら、できるだけ当該地域の経済活動によくなる方法が望ましい。人件費率が高いということになれば、機械化工法よりもいわゆる人海戦術の方がよい。一般には新しい工法が好まれるが、とくに途上国では地域の経済振興にウエイトを置いたダム・水力開発も一つの方策である。


投資100億円当たりの波及効果(昭和35年科学技術庁資源調査会)  (単位:億円)

  ・・・・・・・・電源開発   ・・公共事業   ・・電信・電話

総生産高 ・・・265.7(100)・・・・243.4(92)・・・・257.8(97)
国民総生産 ・・93.0(100)・・・・ 90.2(97)・・・・・ 88.9(96)
国民所得・・・・・78.2(100)・・・・ 77.4(99) ・・・・74.9(96)
勤労所得・・・・37.5(100) ・・・・38.9(104) ・・・・37.3(99)
輸入 ・・・・・・・・11.9(100) ・・・・9.9(83) ・・・・・11.6(97)
雇用者(人) 14,450(100) ・・14,600(101) ・・14,490(100)

注)( )は電源開発を100とした場合


上表は少し古いが、途上国にとっては参考になるかも知れない。公共事業の波及効果については、現在でも経済企画庁は3年で2.3倍の効果があるといっている。
最近、公共事業より福祉事業の方が経済の波及効果が大きいという説がある。たとえば、日経新聞経済教室(2000.3.21)「公共事業から福祉医療へ」の中で、生産誘発の波及効果は公共事業3.80に対して医療法人等は3.84、社会保険事務3.81、社会福祉3.79といった具合である。前述の電源開発対公共・通信事業も同様であるが、差があるとしても優先順位を付けるほど決定的な差ではない。問題は投資による乗数効果が期待できるということであろう。

それにしても、公共事業から福祉へ重点を移すというのは、経済的に余力が生じた社会の選択的判断であって、経済的に効果が高いからそうするわけではなかろう。幾ら効果が高くても福祉ばかりでは、今日はあっても明日はない。「恒産なければ、恒心なし」といわれるが、まず、着実な生産基盤の確保が大切であろう。とくに発展途上国における開発援助を考えるときは、日本の経験をそのまま適応できない。その国の環境に応じた方策を考えるべきで、たとえば、日本では大きく顕在化しなかった経済波及効果を、目的の一部とするような開発戦略を考えたいものである。


技術移転

大まかに水力発電所の事業費の内訳は、人件費30%、資材費30%、機器損料30%、その他10%と考えてよい。人件費の内訳は、管理者、技術者、熟練工、一般労務者と分けられるが、途上国の場合現地で期待できるのは、一般労務者のみという場合も少なくない。日本の場合では、それでも総事業費に対する一般労務費の比率はおよそ20%前後と考えられるが、途上国では積算すると5%以下というときもある。もし、他に現地で調達できる資器材・材料等がなければ、そのプロジェクトの国内調達率は5%以下で、95%以上は国外から輸入ということになる。この場合の経済波及のほとんどは輸出元の国に発生する。水力発電事業は、土木工事の比率が他の電源に比較して高い。それでも、5%程度しかローカルに金が落ちない。したがって、高度な機械や技術集約的なプロジェクトは、ほとんどローカル経済には波及効果という面でプラスがない。その上、将来に亘って維持・運転のため、技術・燃料の輸入が必要な手段は、資源のない途上国では大変である。その点で先端技術の粋をこらした新エネルギーを途上国に持ち込むのは一考の余地がある。

ダム・水力の開発は、大規模であれば最新の機械化工法が必要であるが、それにしても比較的技術移転のし易い技術を使う。そして、その技術の種類は、社会活動に必要な基本的なものが多い。建設には輸送のため道路・鉄道が必要になる。工事期間が長く、従事する人間が多いので、かなりの集落コミュニティーが形成される。住居をはじめ、上下水道、通信等、生活に必要なものすべて設営される。医療・学校等の施設が設置されることも珍しくない。つまり、電気・機械、土木・建築、運輸・通信等、通常の社会生活に必要なすべての施設やサービス・技術が必要になる。

大規模な開発になると10年以上に亘ってこのようなコミュニティーが地域に出現する。これは、必然的に技術・文化の移転に繋がっていく。足立HP(990817C)アフリカEPUPAダムの記事で、「大規模な開発によるコミュニティーの出現は、犯罪の増加を招き伝統的な土着文化を破壊し、外国人の流入によりHIVのような性病を蔓延させ、人口が減り電力需要が予想のように伸びない」というような趣旨の反対論があった。しかし、このような考え方は、まことに偏見と悪意に満ち、非建設的で現実的でもない。

たとえば大規模開発の進捗と合わせて、技術・医療のトレーニングセンターを設置し、養成者を技能者として開発関連プロジェクトで雇用する。さらに、プロジェクト終了後に視野を合わせ、地域社会に広く役立つ技術・医療教育を実施するなども一つの方法である。今日、我々に必要なことは、狭くなってきた地球を、できるだけ、穏やかに多くの人が住み易くなるようにすることである。そのための手段としてダム・水力開発は、考え方によってマイナスよりプラス面が大きいし、また、マイナス面を修復する努力が必要なのである。


GHG効果

足立HP(000517ZG)に水力のGHG(Green House Gas)効果が掲載されていた。最近、環境庁で、炭素税に関していろいろなシミュレーションがなされたという。それによると、2010年へCOP3の目的を達成するために、炭素1トン当たり1,500円から3万円の課税が想定されるという。

もっとも安いトン当たり1,500円の課税は、国際的な取引権を対象とする場合で、目的税化して新エネルギー開発に投資する方法では、トン当たり3,000円とのことである。
化石燃料による発電は、1,000 kwh当たりおよそ0.2トンの炭素を発生する。炭素税をかりに1,500 \/tCとすると0.3 \/kwh、3万円とすると、6 \/kwhとなる。IPPとして経済的に火力と競争できる水力の価格を5 \/kwhと考えると、試算されている炭素税は水力原価の6〜120%にあたることになる。現在炭素税を導入している北欧4国でもっとも高いのはトン当たりおよそ1万円であるが、目的税化する3,000 \/tCをとると、水力原価の12%である。環境庁の試算の内容はよく知らないが、水力発電の火力代替による炭素削減価値を水力原価の12%程度とすれば、そのままでは、水力開発を助成するための大きなインセンティブにはならない。炭素税を補助金として水力につぎ込んでも、開発費の10%程度しか影響しない。しかし、水力原価の10%程度の原資を、水力の開発リスクに対する保険に引き当てれば、民間資本を導入するため、かなりのインセンティブにならないだろうか。

炭素税をガソリン税並にすればかなりの財源になろうが、それにしても、今後も増え続けるエネルギーの環境対策に十分ではない。GHG対策を考えれば、できるだけ有効に水力電源を開発することが望ましい。それによる自然環境の変化は、前に述べたようにその便益に比べて、拡散系ではなく数十年という単位で見れば、循環、限定的、かつ、許容できる範囲にとどまるのである。それにしても、何故、ダム・水力の開発はそれほど関心を持たれないのであろうか。それについても考えてみたい。

  2000.5.30


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